ルーマニアの極右大統領、ジョージ・シミオン

彗星の如くルーマニア政界に現れ、旋風を巻き起こすジョージ・ニコラエ・シミオン。その名は、熱烈な支持と激しい批判の双方を伴い語られる。2025年5月のやり直し大統領選挙第1回投票で40%超の得票率を得て首位に立ち、現職首相を辞任に追い込むなど、その勢いはルーマニア政局を揺るがしている。本稿では、この若き政治家の横顔と、彼が掲げる思想の核心に迫る。

プロフィール概観:若きナショナリストの原点

1986年9月21日、ルーマニア東部の都市フォクシャニに生を受ける。両親は経済学者。首都ブカレストの名門国立高校を卒業後、ブカレスト大学で行政経営学を修了。さらにヤシ大学大学院では歴史学修士号を取得、専攻は「共産主義の犯罪」であった。この学歴が、彼の後の政治思想に影響を与えたことは想像に難くない。

2022年にはイリンカ・ムンテアヌと結婚し、一子をもうけている。彼が自らの原体験として語るのは、1995年のルーマニア初のマクドナルド開店。西側資本主義の影響を目の当たりにした瞬間であったという。

政治家への道:AUR党首として国政へ、そして大統領選の最前線へ

シミオンの名がルーマニア全土に知れ渡るのは、2019年に共同設立した政党「ルーマニア統一連合(AUR)」の活動を通じてである。当初は共同党首であったが、2022年3月より単独党首に就任。AURは、2020年の議会選挙で約9%の得票率を獲得し、シミオン自身も下院議員として国政に進出した。

その政治活動は、新型コロナウイルス感染症対策の規制やいわゆるグリーン証明書への反対デモを主導するなど、既存体制への挑戦的な姿勢が目立つ。議会では閣僚と激しく衝突し、刑事事件に発展したこともある。

2024年11月の大統領選挙第1回投票では、同じく急進的な主張を持つカリン・ジョルジェスク氏が首位となったが、ソーシャルメディアでの国外からの大規模な影響工作があったとして憲法裁判所が無効と判断。ジョルジェスク氏がやり直し選挙への立候補を禁止されたことで、シミオンは最有力候補へと躍り出た。

そして迎えた2025年5月4日のやり直し大統領選挙第1回投票。シミオンは40.9%という圧倒的な票を獲得し首位に立つ。この結果を受け、5日には与党・社会民主党のイオン=マルチェル・チョラク首相が辞任を表明し、同党の連立政権からの離脱も宣言。ルーマニア政局は一気に流動化した。シミオンは18日の決選投票で、リベラル派のブカレスト市長ニクショル・ダン氏と対決するが、その勝利が有力視されている。この躍進の背景には、憲法裁による前回投票の無効判断など、既存政治への民衆の根強い不満がある。

掲げる旗印:その思想と政策

シミオンとAURが掲げる政策は、鮮明なナショナリズム、「ルーマニア第一主義」に彩られている。

  • 悲願:ルーマニアとモルドバの統一
    「ベッサラビアはルーマニアだ」――これはシミオンが長年掲げるスローガンであり、彼の政治活動の原動力である。ベッサラビアとは、現在のモルドバ共和国の主要部分を指す歴史的地域名だ。彼はモルドバ共和国を「人工国家」と断じ、ルーマニアとの再統一を「歴史的責務」と位置付けている。さらに、かつてのルーマニア領土(現在のモルドバやウクライナの一部を含む)への拡大を示唆する発言もしている。

  • 国家主権と欧州連合
    一般にユーロスケプティック(欧州懐疑派)と目されるが、シミオン本人は欧州連合(EU)からの離脱を明確に否定。「強固な主権国家からなる欧州連合」を望むとし、他の政党が「国家主権の要素を次々と譲歩してきた」と批判、国家主権の回復を強く訴える。

  • 地政学的視座:揺れる国際情勢の中で
    ロシアによるウクライナ侵攻に関しては、当初プーチン大統領を「戦争犯罪人」と非難。しかし、AURとしてはウクライナへの武器供与に反対の立場を取る。シミオン自身は、ロシアを「ルーマニア、ポーランド、バルト三国にとって最大の脅威」とBBCに語り、自身が親ロシア派ではないと主張している。
    アメリカ合衆国のドナルド・トランプ前大統領を称賛する立場を示し、共和党、特に「アメリカを再び偉大に(MAGA)」運動とのイデオロギー的親和性を公言している。

市民活動家の顔:統一運動の旗手

AUR設立以前のシミオンは、熱心な市民活動家として知られていた。特に、ルーマニアとモルドバの統一運動では中心的役割を担う。「行動2012」といった団体を率い、数多くのデモや啓発キャンペーンを展開。「ルーマニア語の日」制定の提唱、統一を目指すテレビ局「統一TV」の開設、ルーマニアとモルドバの自治体間での姉妹都市提携の推進など、具体的な成果も生み出してきた。

物議を醸す言動と疑惑:毀誉褒貶の渦中で

その過激とも取れる言動や主張は、国内外で多くの物議を醸してきた。

  • モルドバ及びウクライナからの入国禁止:モルドバ共和国からは、「国家の安定を脅かす可能性がある」などの理由で複数回にわたりペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として入国禁止処分を受けている。ウクライナからも、同様に入国を禁止されている。

  • 国内での衝突と批判:ティミショアラでのルーマニア革命追悼式典では、革命弾圧に関与したとされる人物を伴っていたとして激しい野次を浴び、市民団体から抗議を受けた。

  • 外国諜報機関との繋がり疑惑:モルドバの元国防大臣やウクライナの情報機関関係者を名乗る人物から、ロシア連邦保安庁(FSB)の工作員と接触したとの疑惑が指摘されたこともある。シミオン側はこれを「中傷作戦」と一蹴している。

素顔と私生活:質素を旨とする指導者像

公の場での歯に衣着せぬ発言とは対照的に、私生活では質素を旨としているとされる。議員給与の90%を寄付していると公言し、2025年の大統領選挙に向けた資産申告では、最も個人資産の少ない候補者の一人として報じられた。現在はブカレスト市内の52平方メートルのワンルームマンションに家族と共に暮らしているという。

著作にみる思想の一端

シミオンはいくつかの著作も発表している。2017年の『迷宮に囚われて』はモルドバ共和国を論じたものであり、彼の統一への強い思いがにじむ。また、2019年にはルーマニアの主要政治家たちとの出会いを綴ったとされる著作もある。

結び:ルーマニア政界の風雲児、その行方――欧州を揺るがす選択となるか

大統領選挙決選投票を目前に控え、ジョージ・シミオンの勝利は現実味を帯びている。彼の台頭は、北大西洋条約機構(NATO)の東側最前線に位置するルーマニアにとって、そして欧州全体にとって、大きな転換点となる可能性がある。ウクライナ難民に対するルーマニアの財政支援への国民の不満や、既存政治への不信感を巧みに捉え、特に国外に移住したルーマニア人(スペインで73%超、イギリスで65%近くの支持)から圧倒的な支持を得ている。

専門家は、この投票結果を「現在の政治体制に対する敵意の過激な現れ」と分析。チョラク首相辞任後の政治的空白は「危険な権力の真空」を生むとの警鐘も鳴らされる。反体制感情が、シミオンの指導下で反欧州的なナショナリズムへと先鋭化するのか、あるいは何らかの形で建設的な国内変革へと繋がるのか。欧州各国だけでなく、ロシアの侵攻を受けるウクライナ政府も、固唾を飲んでその行方を見守っている。ルーマニア国民が下す選択は、国の未来を左右するだけでなく、地域の安定にも大きな影響を与えるだろう。その動向から目が離せない。

コメント

このブログの人気の投稿

黒人加速主義

スタニスワフ・シュカルスキ

ヒュペルボレア人