白き異教の潮流:ヴォータンズフォルクとヴィグリッド

古代ヨーロッパの精神性を現代に蘇らせようとするネオペイガニズム(新異教主義)。その多様な潮流は、自然崇拝や共同体の再生といった側面を持つ一方で、極めて危険な影も宿している。白人至上主義やネオナチズムといった極右思想と深く結びつき、古代の神々の名を借りて現代に憎悪と分断を撒き散らす勢力である。本稿では、その代表格たるアメリカの「ヴォータンズフォルク」と、その思想的潮流を受け継ぐノルウェーの「ヴィグリッド」に焦点を当てる。これらは単なる類似組織ではない。思想的影響関係で結ばれ、欧米における極右ネオペイガニズムの系譜を形成する、看過できぬ存在なのだ。その実態と危険性を、より深く掘り下げていく。

1. ヴォータンズフォルク:獄中から生まれた人種主義異教

ヴォータンズフォルク(Wotansvolk、「オーディンの民」の意)は、1990年代初頭のアメリカで、特異な状況下で誕生した。創設の中心人物、デビッド・レーン(David Lane)は、武装強盗や殺人に関与した白人至上主義テロ組織「ジ・オーダー(The Order)」のメンバーとして、190年という長期刑で服役中であった。彼は鉄格子の中から、同志のロン・マクヴァン、妻カティア・レーンと共に、北欧神話の主神オーディン(ゲルマン名:ヴォータン)への信仰を核とした、徹底的な白人至上主義に基づく独自の異教体系「ヴォータニズム」を構築したのである。

その核心思想は強烈な危機感と選民思想に貫かれている。 レーンが考案し、白人至上主義運動の最も有名なスローガンの一つとなった「フォーティーン・ワーズ」("We must secure the existence of our people and a future for White children." - 我々は我々民族の存続と白人の子供たちの未来を確保しなければならない)は、白人種の絶滅の危機を訴え、その生物学的・文化的存続を至上の使命とする彼らの信念を凝縮している。

彼らはキリスト教を、アーリア人(白人)の自然な精神性を破壊し、弱体化させるためにユダヤ人が仕掛けた陰謀であると断じ、激しく攻撃した。レーンは「神は愛ではない」「生は闘争であり、闘争の欠如は死である」と説き、自然界の生存競争こそが摂理であると主張した。また、「シオニスト占領政府(ZOG)」という反ユダヤ的な陰謀論を信奉し、欧米の政府はユダヤ人に支配されていると訴えた。さらに、カール・ユングの集合的無意識の理論を歪曲して引用し、アーリア人には固有の「人種魂」があり、それはヴォータン(オーディン)の元型に根ざしていると主張。古代の「血の神秘」に目覚めることで、アーリア人は本来の神性に回帰できると説いた。レーン自身、聖書に隠されたコードを解読したと称し、自らを「予言の男」「666の男」として聖書で予言された存在であるかのように示唆するなど、自己神格化の傾向も見せた。

活動は多岐にわたった。 レーン夫妻が設立した「フォーティーン・ワード・プレス(14 Word Press)」は、レーンの著作やヴォータニズムに関する書籍を出版し、思想普及の拠点となった。1995年にはウェブサイトを開設するなど、インターネットを積極的に活用したプロパガンダを展開。ロン・マクヴァンは「テンプル・オブ・ヴォータン(Temple of Wotan)」を設立し、ルーン文字の杖やトールの槌といった関連グッズの販売も手掛けた。

特筆すべきは、刑務所内での驚異的な布教活動である。 レーン自身の「殉教者」としての知名度と、「ジ・オーダー」との関連が、アーリア系白人受刑者の間で強いカリスマ性を生んだ。結果、ヴォータンズフォルクは刑務所内で爆発的に広がり、「ペイガン・リバイバル」と呼ばれる現象を引き起こした。一部では刑務所ギャング全体が改宗する例もあったとされ、2001年時点で5,000人以上の受刑者に影響を与えたと推計されている。レーンの運動は、受刑者が宗教的象徴としてトールの槌を着用する権利を法的に勝ち取る動きにも繋がった。

戦術面では、ルイス・ビームが提唱した「リーダーレス・レジスタンス」戦略を支持した。 これは、公然と活動するプロパガンダ部門と、権力からの指示を受けずに自律的に活動する小規模な地下細胞(テロ組織)を分離する戦略である。プロパガンダ部門は合法的範囲で「民族」を教育し、地下細胞はインフラ破壊や「人種的反逆者」と見なした人物へのテロ攻撃を行うことが示唆されており、体制転覆への意志を隠さなかった。

ヴォータンズフォルクの登場は、既存のネオペイガン・コミュニティに波紋を広げた。特に、人種や民族に関わらず信仰を受け入れるユニバーサリスト派のアサトルー(Asatrú)などは、古代信仰を政治的・人種的目的で利用するヴォータンズフォルクを激しく非難し、明確に拒絶した。一方で、民族的アイデンティティを重視する一部のフォーキッシュ(民族主義的)ヒーズンリーの中には、レーンの「フォーティーン・ワーズ」に共感を示す者も存在したが、その過激な暴力主義やテロリズムの肯定まで支持する者は少数派であった。

2. ヴィグリッド:ヴォータンズフォルクの北欧における継承者

ヴォータンズフォルクがアメリカで撒いた種は、大西洋を越えて北欧ノルウェーの地に根付いた。1998年に設立された「ヴィグリッド(Vigrid)」は、その直接的な思想的影響下にあるネオナチ・ペイガン組織である。創設者のトーレ・W・トヴェット(Tore W. Tvedt)は、デビッド・レーンとヴォータンズフォルク、そしてアメリカの著名なネオナチ指導者ウィリアム・ルーサー・ピアース(人種戦争を描いた小説『ターナー日記』の著者)の思想に深く傾倒していた。トヴェットは自身をオーディン神の預言者であると公言し、レーンが築いた思想体系を継承・発展させた。

ヴィグリッドのイデオロギーは、ヴォータンズフォルクの白人至上主義とオーディン崇拝に、より剥き出しのネオナチズムを融合させたものである。 彼らはアドルフ・ヒトラーを「ヨーロッパの救世主」として崇拝し、第二次世界大戦中のノルウェーのファシスト政党「ナショナル・サムリング」とその指導者ヴィドクン・クヴィスリングの遺産を肯定する。ホロコーストは「HoloCa$h」という蔑称で呼び、その事実自体を否認する。彼らの世界観では、現在の世界は「ユダヤ人と巨人(ヨトゥン、北欧神話の敵役)」に支配されており、「神聖なるアーリア人種」は「白人ジェノサイド」の危機に瀕しているとされる。そして、この支配体制を打倒する戦いは、北欧神話の終末決戦「ラグナロク」の一部であると位置づけられる。

活動内容は、若者への浸透と過激化に特徴がある。 ヴィグリッドは、洗礼(skiri)や堅信礼にあたる独自の儀式を行い、その参加者の多くは15歳から25歳の若者であった。トヴェットは、メンバーに対し、警察とのトラブルを避けるよう指示する一方で、「移民ギャング」への対抗を名目に自衛用武器の携帯や、合法的な範囲での戦闘・射撃訓練を奨励した。組織は分散型ネットワークを目指し、自律的な活動を促した。近年は、活動が一時停滞した後、オルタナ右翼層をターゲットとしたオンラインでのプロパガンダに力を入れている。

ヴィグリッドの存在は、ノルウェー当局から常に警戒されてきた。 ノルウェー警察庁保安局(PST)は、ヴィグリッドを「極めて人種差別的で暴力的なイデオロギー」を持つ組織と断定。2000年代初頭には、その暴力的傾向を懸念し、全国的な対策を実施。捜査官によるメンバーへの個別訪問などにより、多くの若者が脱退したとされる。しかし、その後もメンバーによるアフリカ系移民への傷害事件や、軍基地からの武器大量窃盗事件への関与などが報じられた。創設者トヴェット自身も、改造銃の所持や警察官への暴行で起訴された経歴を持つ。

社会との摩擦も絶えない。 2009年には政党登録し、ブスケルー県議会選挙に参加したが、得票率はわずか0.007%に終わった。しかし、全国の高校で行われた模擬選挙では0.2%(一部の学校では10%以上)の票を獲得し、若年層への一定の影響力が示唆された。2012年には、ノルウェーの重要な文化遺産であるボッレ墳墓群(古代ヴァイキングの墳墓群)を儀式に使用しているとトヴェットが公言したことで、地元自治体や市民から激しい非難の声が上がり、その利用中止を求める決議が採択される事態となった。

3. 繋がる二つの潮流:思想と手法の共通性

ヴォータンズフォルクとヴィグリッドは、地理的な隔たりにも関わらず、明確な思想的連続性を持っている。両者に共通するのは以下の点である。

  • 中核的イデオロギー: 白人至上主義、アーリア人種の純血と存続への執着、反ユダヤ主義(陰謀論、ホロコースト否認)、オーディン(ヴォータン)を中心とした北欧神話への傾倒、キリスト教への敵意。

  • 活動手法: 書籍出版やインターネット(ウェブサイト、SNS)を駆使したプロパガンダ、象徴的なグッズ(トールの槌、ルーン文字など)の利用、若者や社会的に疎外された層へのアプローチ、刑務所内での布教(特にヴォータンズフォルク)。

  • 世界観: 現在の社会システムへの敵意、来るべき人種間の最終戦争(ラグナロクのアナロジー)への待望、暴力やテロリズムの肯定・示唆。

特に、ヴィグリッドの創設者トヴェットがデビッド・レーンの思想に直接影響を受けている事実は、ヴォータンズフォルクが単なる一過性の現象ではなく、後続の極右ネオペイガン運動に具体的な影響を与えたことを示している。

4. 結論:古代の響き、現代の憎悪 - 見過ごせぬ脅威

ヴォータンズフォルクとヴィグリッド。この二つの組織は、古代北欧の豊かで複雑な文化遺産――神話、ルーン文字、英雄譚――を、排外的で暴力的な現代の極右イデオロギーを正当化するための道具として歪曲し、悪用している。彼らは、歴史修正主義、人種的憎悪、陰謀論を織り交ぜ、社会への不満や不安を抱える人々に過激な解決策を提示する。

その存在は、単なる思想的異端に留まらない。ヘイトクライムやテロリズムを扇動・誘発する潜在的な危険性を常に孕んでいる。リーダーレス・レジスタンスのような戦略は、組織的な摘発を困難にし、予測不能な暴力を生み出す土壌となりうる。また、インターネットを通じて国境を越えて思想が拡散し、若年層が過激化するリスクは、現代社会が直面する深刻な課題である。

これらの運動は、多様なネオペイガニズムの実践者たち自身からも強く批判され、拒絶されている。しかし、古代信仰の名を騙るこれらの極右運動の存在と、それがもたらす現実的な脅威――ヘイトクライムの助長、民主主義的価値観への攻撃、社会の分断――から目を背けることはできない。ヴォータンズフォルクとヴィグリッドの系譜は、過去の遺物ではなく、現在進行形の脅威として我々の前に存在している。その実態を冷静に分析し、その危険性を社会全体で認識し、警戒していくことが、今まさに求められているのである。

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